赤穂民報

周世の神護寺が老朽化で全壊(9月5日)

 鎌倉初期または奈良時代の開創と伝えられ、仏像2体と石造物5基が赤穂市有形文化財に指定されている周世の神護寺で、木造瓦葺き平屋建て建物約120平方メートルが全壊していたことがわかった。
 老朽化で風雨に耐えられなかったとみられる。市教委文化財係によると、仏像は以前から別の場所に保管を移しており無事。石造物にも損傷はなかった。
 同係によると、建物の建築年代は不明。構造から「本堂ではなく、庫裏として使われていたものでないか」とみられる。
 同寺跡周辺の「赤穂ふれあいの森」を管理する市農林水産係によると、今年4月の時点で建物の北半分が崩れ、全体の倒壊は時間の問題とみられていた。建物の北約60メートルにある「高雄山荘」の管理を市から委託されている平林恒男さん(80)=周世=の話では7月11日朝、屋根が完全に崩れ落ちていることに気付いたという。
 『赤穂市史』によると、同寺は京都の神護寺を中興したことで知られる文覚(1139−1203)が文治年間(1185−90)に開基したと伝承。『播磨鑑』には天平神護(765−66)に和気清麻呂が建立したと記述されている。
 中世に栄えた後衰微したが、赤穂城を築城した浅野長直(1610−72)が城の鬼門の守りとして境内に山王神社を建立して寺を再興した。老朽化が進んだのは昭和30年代に無人となってから。平成18年から同寺の住職を兼務する如来寺=尾崎=の八幡昭海住職(83)の話では、今から10年以上前に建物を再建する案も出されたが、具体化には至らなかったという。
 同寺に伝わる毘沙門天立像と不動明王立像は鎌倉彫刻の特色を示し、赤穂市の文化財として最初に指定された。石造物は大石良雄が寄進した石灯ろうなどで、良雄の祖父・良欽寄進の手洗石は、市内に現存する259基の中で最古だという。
 八幡住職は「建物の再建は難しい。がれきの撤去は行政とも相談して進めたい」と話している。

(屋根が完全に崩れ落ちた神護寺の建物)

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