赤穂民報
関福大リレーコラム・子育てを哲学する―(4)親になって分かったこと(3月31日)
言葉の意味は理解しているつもりでも、体験して初めて分かることがあります。私にとって「親の気持ちは親になってみないと分からない」という言葉が、まさにそれでした。
親になって初めて、「親は子どものことをこんなふうに思っているんだ」ということが分かりました。この理解は、自分が親になる前に、どんなに勉強をしたとしても、仮にどれほど頭が良かったとしても、分からないことだと思います。
ひとつ例を挙げます。私には3人の子どもがいます。ある人が「誰がいちばん可愛いですか」とか「誰がいちばん大切ですか」と私に質問をしたとします。私は躊躇なく、「3人とも等しく可愛い、等しく大切」と答えます。比較することができず、無条件に価値あるものを、カントという哲学者は「尊厳」と表現しました。子どもが生まれる前から、このことは知っていました。しかし、尊厳の意味を心底理解できたのは、子どもの存在を通してです。
もう1つ例を挙げます。私は自分の死と伴に消滅する世界を生きており、どう転んでも、その世界の外に出ることはできません。そのため、「人のため」と言っても、結局は「自分のため」であり、「人間は自分をいちばん大切に思う存在」と思っていました。と同時に、そうした在り方に、少々うんざりしていました。子どもの存在は、そうした自己閉鎖的な世界に穴をあけ、この世界には自分よりはるかに大切な存在があることを教えてくれました(もちろん、子どもの前に妻の存在がありますが)。
育児は「する」ものです。私自身、多くは妻に任せつつも、育児をしてきました。改めて育児について哲学してみる(考えてみる)と、自分自身、新たな気づきがありました。このコラムが育児について「ちょっと考えてみる」きっかけになれば嬉しく思います。(中村剛・社会福祉学部 学部長)
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次回は加藤明学長のコラムです。お楽しみに。
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