赤穂民報

変わりゆく工場跡地に感慨(2月28日)

 かつて中広で操業していた東洋紡績赤穂工場が開設した当時の写真を、元従業員らでつくる「東洋紡赤穂OB友の会」の渡瀬博会長(78)=細野町=が本紙に持参してくれた。
 同工場は大阪合同紡績会社の赤穂工場として昭和3年12月に開業。3年後に東洋紡績と合併し、「日本一の品質を誇るシャツ地一貫工場」として名をはせた。しかし、経済状況の変化で徐々に需要が減少し、平成18年にグループ会社に統合。工場は廃止となった。
 写真の左下隅に「3.9.1」の文字があり、操業開始3カ月前の工場を雄鷹台山から撮ったものと思われる。
 渡瀬さんによると、今、ジャスコ赤穂店が建っているところに野球場があり、文化会館や図書館の辺りは社宅だったという。そして現在、工場跡地では複合商業施設の建設が進んでいる。
 「変わりゆく姿に一抹のさびしさを覚える」と渡瀬さん。「私たちにとって青春の思い出がいっぱい詰まった場所。これからも行く末を見守りたい」としみじみ話していた。

(今から80年前に撮影された開業前の工場全景=渡瀬さん提供)

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