義士石碑磨いた13年間の奉仕にピリオド
2019年02月11日
13年間にわたって毎月磨いた四十七士石碑と米野征也さん
米野さんは熊本県出身で1972年から95年まで三菱電機赤穂工場で勤務。赤穂の環境を気に入って市内に自宅を新築し、定年後も赤穂を定住の地に選んだ。
「よそ者なので、もっと赤穂のことを知りたい」と歴史を調べるうちに赤穂義士への興味が高まり、「大石さんを大切にできることを自分なりに」と61歳で石碑の清掃を始めた。父の名前が「忠義(ただよし)」だったことも義士に関心を持つきっかけだったという。07年にはボランティア活動の功績を称える「つつじ賞」が赤穂市から贈られた。
最後の活動日と決めた今月4日。午前8時に掃除道具と水の入ったポリタンクを台車に積んで自宅を出発し、30分ほどかけて駅前通りに到着した。いつもどおり、大石内蔵助の石碑から清掃。乾いたブラシでほこりを落とし、噴霧器で水をかけてからブラシで磨いた。最後にコップ一杯の水をかけて合掌。47基すべてで同じように磨き、約3時間後に活動を終えた。
「まだ体は元気なのですが、もし、清掃中に倒れたりしてご迷惑をかけるようなことがあってはならないので、これまでとすることにしました」と話す米野さん。「清掃活動のおかげで健康でいられたのかなとも思っています。これからも義士への思いは変わらず持ち続けたい」と話した。
<前の記事 |
掲載紙面(PDF):
2019年2月16日号(2314号) 4面 (12,136,727byte)
(PDFファイルを閲覧するにはこちらからAdobe Readerを入手してください。)
関西福祉大学が震災義援金 [ ボランティア ] 2011年04月26日市消防の緊援隊が解散式 住民の手で芝生張り替え [ ボランティア ] 2011年04月19日オオキグループ、被災地支援に物資と義援金 [ ボランティア ] 2011年04月18日被災地へ届け、善意の「もち」 [ ボランティア ] 2011年04月15日一人じゃないよ―。真心込めて「元気袋」 [ ボランティア ] 2011年04月10日赤穂から宮城へ炊き出し支援隊 [ ボランティア ] 2011年04月09日「吹奏楽で日本を元気に!」コンサート 共同募金会も義援金を送金 [ ボランティア ] 2011年04月07日被災者向け無償住居を募集 大師堂の移転先にポケットパーク整備 ランドセルと文具、目標上回る [ ボランティア ] 2011年04月06日「被災児へ手作りバッグを」主婦ら呼びかけ [ ボランティア ] 2011年04月06日市民提供の物資、総数1万8000点に [ ボランティア ] 2011年04月05日市民からの義援金510万円送金 [ ボランティア ] 2011年04月05日
コメント
フェイスブックで、米野さんのご功労ははじめて知りましたが、
赤穂民報でもとりあげていただき、一市民としてうれしく思います。
今後とも、身近なこころ温まる情報の収集、情報の発進をよろしくお願いします。
0 0
投稿:市民のひとり 2019年02月12日長い間 ご苦労様でした それと ありがとうございました。
0 0
投稿:一市民 2019年02月11日0 0
投稿:nnn 2019年02月11日なかなか出来る事ではありませんね。
市民としてとても嬉しく思います。
0 0
投稿:善きこと 2019年02月11日私の近隣にも、地域の花壇・植栽、ゴミステーションなどのような公共物の管理や、地域清掃、子供の見守りなど無償で黙々と長年奉仕されている方がいます。
理不尽にも、継続表彰として御上から評価されるのは有償の奉仕ばかりが目立つのが今の日本です。このような無償の尽力ほど尊いものはありません。
赤穂は浅野の時代から、度々肥後の方にお世話になってます。
益々、熊本の方が好きになりました。
民報さん、今後も心温まる報道宜しく!
0 0
投稿:初めて知りました! 2019年02月11日コメントを書く