2019年01月27日
古地図を見ながら旧城下町の町割を歩いた「あこう路地さんぽ」
江戸時代の古地図を手に赤穂城周辺を歩く歴史探訪イベント「あこう路地さんぽ」(赤穂市教委主催)が26日にあり、参加者約20人が上仮屋から加里屋にかけての旧城下町を巡った。
市教委によると、赤穂城下は池田時代の町割をベースに浅野長直が拡張整備した。高瀬舟が往来した熊見川(現在の加里屋川)が東を流れ、北に姫路街道、西に備前街道が接続。軍事的、経済的な効果を最大限発揮できるよう計画的に設計されているという。
この日は、元禄期ごろに描かれた古地図と現在の地図を見比べながら町歩き。城郭防備のためにわざと交差点をずらした十字路、警護の兵を待機させるために道幅を変えた「武者隠し」など現在も残る当時の町割の一端を見学した。
案内役を務めた市教委学芸員の荒木幸治係長によると、赤穂城下町には道に沿って上水道が張り巡らされていたため街路を大きく変えることができず、また、鉄道や国道は当時の郊外に敷設されたことで池田・浅野時代の町割がほぼそのまま残ったという。
「旧赤穂城下町には江戸時代の地図を見ながら実際に歩ける面白さがある」と荒木係長。坂越の石田賢一さん(58)は妻綾子さん(60)と夫婦で参加。2か月前に東京から移住したばかりで、「赤穂の歴史を知りたいと参加しましたが、さらに興味がわいてきた」と好評だった。
[ 文化・歴史 ]
掲載紙面(PDF):
2019年2月2日号(2312号)4面 (10,818,283byte)
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