2019年12月21日
今年10月、消費税10%への増税と同時に、「幼児教育・保育の無償化」(以下、幼保無償化)が始まりました。原則、3歳以上の幼稚園・保育所等に通うすべての子どもの保育料が無料になり、「家計の負担が軽くなった」と喜ぶ保護者もおられるかと思います。
すべての子どもが無償で平等な教育・保育を受けられることは、「教育・保育の機会均等」の理念の実現という点で本当に素晴らしいことです。
しかし、待機児童問題や保育士不足など、以前からの課題が未解決のまま幼保無償化をスタートさせたので、多くの自治体ではそれらの問題がいっそう深刻になっています。とりわけ、保育士不足は「保育の人的環境」の問題ですから、保育の質の低下が懸念されます。
また、幼保無償化に伴う国の今年度予算は、当初見込みを超えて493億円不足するとのこと。さらに、以前から貧しい家庭の保育料は低く設定されていましたので、幼保無償化は、結局、裕福な家庭ほど得をすることになります。その裕福な家庭が、無償化分をわが子の私的教育(習い事など)に注ぎ込めば、貧しい家庭の子どもとの「教育格差」はさらに拡大するはずです。
これら幼保無償化に伴う予想される現実的問題は、専門家や地方自治体・関係団体はもとより、与党議員からも多数指摘されたのですが、筆者の見る限り、政府は幼保無償化の理念を繰り返し訴えるだけで、様々な意見にきちんと応えず、最終的に首相の「政治的判断」で決定されたのです。
幼保無償化、大学入試の共通テスト導入等々、現在、進められている教育改革の多くがどのような手順で進められているのか、ご存じでしょうか? 簡単に説明すると、首相の私的諮問機関である「教育再生実行会議」が教育改革案を提言し、それを文部科学省などに指示・命令して法案をつくらせ、与党多数の国会で成立させ実行に移すのです。
近年、「官邸主導」という言葉がよく使われますが、官邸(首相)から始まるこの政治手法を意味します。首相の思いを受けてスピーディに決定・実行される点では効率的ですが、丁寧な説明や反対意見も聞き入れた活発な議論が行われないと、改革に伴う様々な課題も予見されず、制度設計も不十分になります(急に延期になった大学入試の「英語民間テスト」「国・数の記述式」導入の問題も、同様の進め方が原因でしょう)。
「官邸主導」が問題だというのではありません。国のトップリーダーが国民の教育に関心をもつのは当然です。しかし、国民への説明や議論を軽視した進め方が問題なのです。そのような進め方は、政治に対する国民の無関心を拡大し、「民主主義の危機」を招くからです(近年の国政選挙の投票率低下は、その傾向を示しています)。
今こそ、主権者である国民一人ひとり、とりわけ子どもの教育・子育てに責任をもつ教師や保護者が、教育改革の中身だけでなく、その決定過程にも関心をもち、活発な議論を行う民主主義の風土を培っていくことが大切ではないでしょうか。
(秋川陽一・教育学部児童教育学科教授)
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次回は加藤明学長です。お楽しみに!
[ かしこい子育て ]
掲載紙面(PDF):
2019年12月21日号(2352号)3面 (9,595,076byte)
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