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赤穂の昔話・第16話「恋ヶ浜」(下)

2020年06月20日

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 富造が綱崎の岩場から釣り糸を垂れてから半日が過ぎましたが、小魚が一匹釣れただけでした。雲行きは怪しくなり、波が高くなってきました。
 「せめて一匹でも大きな魚が釣れるまで頑張ろう」
 富造は自分に言い聞かせながら辛抱強く待ちました。空はどんどん暗くなり、波はさらに高くなっています。時折打ちつける大波で富造の着物が濡れるほどになってきました。
 「もう帰ろうか。千代姫ががっかりするだろうな」
 と思ったとき、思いがけない強いあたりが釣り竿にありました。富造は「しめた」と思い、釣り竿を上げようとしました。
 そのときです。突然大きな波が押し寄せてきたかと思うと、あっという間に富造を海の中にのみ込んでしまいました。綱崎の浜は激しい嵐になりました。
 家で待っていた千代姫は、いつまで待っても帰ってこない富造が心配になり、浜へ迎えに行きました。
 「富造さーん、富造さーん」
 千代姫は繰り返し叫びましたが、富造の姿は見当たりません。村人たちも一緒に富造を捜しましたが、見つかりませんでした。
 次の日も、その次の日も、富造は見つかりませんでした。村人は、泣き崩れる千代姫になぐさめる言葉もありません。富造が波にさらわれた日から、千代姫は何も口にしなくなりました。そして、綱崎の浜で
 「富造さーん、富造さーん」
と、愛する夫の名前を狂ったように叫び続けていました。
 一週間が過ぎました。朝早く鳥撫の村人が綱崎の浜へ行くと、そこに千代姫が倒れていました。帰らぬ夫を待ち続けて、千代姫は浜で息を引き取ったのです。
 それから誰言うとなく、綱崎の浜を「恋ヶ浜」と呼ぶようになりました。(赤穂市教育委員会刊『赤穂の昔話 第一集』・「恋ヶ浜」より)=切り絵・村杉創夢


赤穂の昔話 ]

掲載紙面(PDF):

2020年6月20日号(2375号)2面 (10,873,809byte)


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