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「名誉や利益にとらわれず郷土の歴史や文化を守った先人」佐方渚果の功績を顕彰

2026年09月27日

 坂越の郷土史家・佐方渚果(さがた・しょか、1902ー76)が収集した古文書から地域の歴史を読み解く歴史研究講座「坂越浦佐方家文書の世界」が26日、中広の赤穂化成ハーモニーホール2階学習室であり、約70人が聴講。同文書の整理を担当した赤穂市立歴史博物館の瀧濱幸治学芸員が史料解説を通じて渚果の功績を顕彰した。

 渚果は坂越生まれ。三宮郵便局勤務を経て帰郷し、表具師として働くかたわら、地域に関する史料を収集、研究した。それらの中には兵庫県指定文化財となったものも含まれる。2024年度に遺族から市教委へ寄贈され、瀧濱学芸員が一点ずつ確認。古文書や絵図など3264点に上った。

 講座では、佐方家文書の中から文化2年(1805)に地形測量のため赤穂を訪れた伊能忠敬に関する資料にスポットを当てた。測量隊をそつなく迎えようと、先に一行が訪れた室津に大庄屋が下調べに出張し、坂越浦の役人に宛てて「測量の人足には経験者を用意するように」「測量の様子を見物するのは構わないが、不調法な行いは禁ずる」などと注意事項を伝達した書状を紹介。忠敬の機嫌についても知らせており、瀧濱学芸員は「歴史上の事実だけでなく、当時の人の内面や行動までわかるのが古文書の面白さ」と話した。

 また、幕末に坂越の塩廻船「光塩丸」が嵐で遭難してフィリピンまで漂流した際の記録も取り上げた。漂流者が目にした異国の港や人物、民家などを丁寧に描いた絵や、現地の言葉を書き留めた資料もあり、鎖国下の人々が異国の文化に強い好奇心を抱いていたことを示す。遭難から約1年2か月後に帰国した船乗りたちを長崎まで請取に行った坂越浦役人の記録は、古物商が運んでいた古文書の中から渚果が発見して廃棄をまぬがれたもので、見つけたときの感情を「まさに天に昇る心地であった」と書き残しているという。

 奇しくもこの日は渚果の生誕日だった。講座では、渚果ともに「赤穂歴史研究会」を結成し、塩務局庁舎(現在の赤穂市立民俗資料館)の保存などに尽力した文様彩色画師の山崎昭二郎(1927ー93)との交流も紹介。瀧濱学芸員は「郷土の歴史や文化を愛し、自分の名誉や利益にとらわれず、ひたむきに守ろうとした人たちがいたことを知ってほしい」と先人を称え、「その努力や熱意を無にせず、残された資料を未来へ伝えていくことが私たちの仕事」と締めくくった。

郷土の文化財保護に尽くした佐方渚果の功績を語った瀧濱幸治学芸員

郷土の文化財保護に尽くした佐方渚果の功績を語った瀧濱幸治学芸員



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